東大法学政治学研究科で政治学を学ぶ
東大法学政治学研究科の非公式案内。
概要
更新記録
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October 15, 2024: 履修に関する誤った記述を修正しました。
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June 3, 2024: トレーニングに関する情報を追記しました。
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May 30, 2024: 一部の内容を追記しました。
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May 29, 2024: 記事を公開しました。
東大の法学政治学研究科総合法政専攻について、公開されている資料のみではわからないような情報を提供しよう、という趣旨の記事です。
筆者は今年の4月から法学政治学研究科に進学して、研究を続けています。入学してから2ヶ月ほどが経ちましたが、この間に入学前には知らなかったような情報に触れることが幾度となくありました。自分は教養学部出身だったので、厳密な意味での「内部進学組」ではないのですが、様々な事情により、進学先を検討する際に多くの情報に触れる機会があリました1。それにも関わらず入学して初めて分かることが多かったということで、法学部以外から進学を考えている人・他大学から進学を考えている人にとっては参考になる情報が不足しているのではないかと考えました。
また、法学部に在籍している学生にとっても、総合法政専攻というのは馴染みの薄い場所なのではないかと思います。法学部に対する「砂漠」のイメージは未だ顕在で、その実情は本郷から遠く離れた駒場の地にも漏れ聞こえてきます。加えて、法学部と法学政治学研究科との間には一定の距離があり、それぞれの学生がゼミなどで出会うことこそあれ、総合法政の院生たちが何をしているのかというのは学部生にはあまり知られていないように思います。
先日、研究科の公式のガイダンスが行われ、今年度の出願時期も近づいてきました。今年の出願を考えている方にとっては、他の政治学系大学院2との間で優先順位を付ける上での良い材料になるかもしれません。また、就活シーズンに入っていく中で、最終年次以外の学部生にとっても今後の進路を考える時期が近づいていると言えるでしょう。公式にアナウンスされている通り、総合法政専攻は研究者志望でない人にも門戸を開いています。
筆者は学部時代、法学政治学研究科に対して閉鎖的な場所というイメージを持っていました。いざ入学してみると、この先入観を大幅に修正することとなりました3。指導教官含め、教員の方々は皆とてもオープンで、研究アイデアや計画があれば気軽に相談に乗ってくださります。学会への参加に制限がかかることもありません。総合法政専攻へ進学することが選択肢に入っているかどうかに関わらず、この記事が読んでくださる方にとっての意思決定の一助となれば幸いです。わからないことや気になることがあれば、ぜひ連絡してください。
基本情報
コホートの構成
総合法政専攻の修士課程には1学年あたり20人程度が所属します。専攻内には実定法・基礎法学・政治の3コースが存在しています。コース別の定員は設けられておらず、コースごとの人数は年によって変動します。ただ、政治コースには毎年概ね5人程度が入学するようです。
政治コースの学生の専門は人によって大きく異なります。ガイダンス資料に掲載されているように、政治コース内には14の専攻が存在しています。したがって、学生はそれぞれ様々な関心地域やトピックを持っており、用いる手法も様々です。筆者の同期の関心も、日本政治・外交史・行政学・国際政治などと様々です。
トレーニング
驚くべきことに、総合法政には必修の授業は存在しません。そのため、大学院でどのようなトレーニングを受けるのかは人それぞれです。この自由さをどのように受け取るかもまた人それぞれだと思います4。自部局の授業のみに参加することももちろん可能ですし、反対に、自分の関心が赴くままに他部局の授業を取りまくることも(少なくとも制度上は)可能です。
2024/10/15追記: 履修について. 総合法政専攻には必修の授業は存在しています。厳密に言えば、必修カテゴリの授業から必要30単位のうちの12単位を履修することが求められ、残りの18単位についてはどのような授業で取得しても問題ない、という形になります。必修カテゴリの授業には自分の所属コース(筆者の場合なら政治コース)の授業と全コース共通の科目が含まれます。なお、専攻指導(後述)は必修科目扱いになるので、専攻指導を2年間履修すれば残りの必修単位は4単位(=セメスター科目2コマ分)となります。注4にあるような履修戦略を取ることができるのはそのためです。
量的研究. 2023年度から、アメリカの政治学大学院に存在するような量的研究を行うためのトレーニング(いわゆるmethods sequence)が本格的に整備され始めています。加藤先生・福元先生・勝又先生が授業を担当し、政治学方法論・政治学分析方法論Ⅰ/Ⅱ・因果推論・いくつかのtopics courseが開講されています。これらの授業の一部は学部にも開かれている(政治学方法論・政治分析方法論Ⅰ / Ⅱ)ため、経済学部で一般的なように、学部のうちにシークエンスの一部を履修しておいて、大学院に入ったタイミングでより進んだ内容を扱う授業に参加することもできます。ただし、formal theory(数理政治学・ゲーム理論)やベイズ統計の授業は法学政治学研究科にはまだ存在しません。東大では、どちらの種類の授業も経済学部・経済学研究科で開講されているため、これらのトピックを学びたい場合はこちらの授業を履修するのが選択肢に入ります。
2024/6/3追記: 数学と統計学について. 計量分析に関心がある場合、Method sequenceのスタートとして政治分析方法論Ⅰを受講することになると思われますが、2024年度現在、この授業では数学・統計学のバックグラウンドは特に要求されていません。これは進学後すぐにシークエンスに取り組むことも可能であることを意味しますが、シークエンスに取り組む前に何らかの準備をしておきたいという方もいるかもしれません。東大の授業で言えば、法学部・経済学部の学部2年割り当てになっている統計学・経済学部の学部3年割り当てになっている数理統計を受講しておくと、良い準備になるのではないかと思います。
学務
修士課程を修了するには、修論の執筆以外に30単位を取得する必要があります。このうちの8単位は通年の専攻指導(4単位/年)を2年間履修すれば埋められるので、残りの22単位をどう埋めるかが問題になります。必修の授業が存在しないため、プログラムの組み立て方の自由度は非常に高いです。
履修戦略
基本的には、M1のうちに単位を集めて、M2では修論に集中することになります。こうすると、1年生のうちは週5-6コマの授業に出る必要があります。予習や宿題の重さは授業によって異なります。筆者はSセメスターとAセメスターにそれぞれ6コマ・5コマを履修し、2年次にはほとんど授業を取らない予定です。
注意点として、履修登録を行う際、履修について指導教官(後述)の許可を得る必要があります。
授業の形態には以下のようなものがあります。複数の形式が組み合わさったような授業も存在しています。
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講義型. 学部の講義を中心に、一部の講義科目を履修することができます。大教室型の講義で、基本的には定期試験で成績が付くことになります。
- 学部の授業は8単位を限度として修了単位に含められます。法学部のみならず、他の学部の授業を履修することも可能です。
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文献購読型. 論文や書籍を読み、授業内で議論するタイプの授業です。文献の言語は日本語・英語が主だと思われます。報告者を立てるタイプの授業と、そうでない授業がありますが、いずれのケースでもコメントペーパーを書くことが求められます。
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演習型. データ分析・史料購読・自身の研究プロジェクトの遂行を行います。
修士論文
修士論文の執筆は2年次を通じて行われるのが一般的なようです。執筆スケジュールについては、指導教官ごとに方針が異なるのではないかと思います。2年次の12月の中旬から下旬までが修士論文提出時期として設定されることが多いため、提出時期が早い代わりに年末は論文から解放されて過ごすことができるそう。
経済的支援
様々な経済的支援の仕組みが存在しています。このセクションでは、入学時に存在がアナウンスされなかったものについて記載します。
グラント
専攻の公式の制度として、学会や資料収集のための補助金が存在しています。国内の学会では1回あたり3万円、海外渡航の場合は1回あたり15万円が上限となります。これらの支援は基本実費精算の形を取りますが、前払い(概算払い)も場合によっては可能なようです。特に、国外学会については航空券や宿泊費が高額になる場合、このような方法が取られることがあるようです。
このほか、法学部図書室(後述)における文献費(複写・取り寄せなど)が1人あたり年間1万円(年度によって変化する可能性あり)まで割り当てられています。法学部図書室に所収されていない文献などについては、他学部図書室・他大学図書館からの複写・取り寄せを活用することができます。
奨学金
様々な奨学金が存在しますが、研究科・専攻の方からアナウンスされたり、メールでお知らせが来たりしないものもあるので、自分で探して応募していく必要があります。
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卓越RA. 総合法政専攻が運営している先端ビジネスロープログラムというものがありますが、政治学の院生は基本的には申し込めません。ただ、他にも3-4つ程度法学政治学研究科が対象となっているプログラムがあります。
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民間奨学金. 研究科のホームページに定期的に情報がアップロードされます。全学レベルで内部募集をかけているものも存在します。
学生生活
院生室
修士課程に入学すると、本郷キャンパスの法3号館の中に個席と本棚(5段*2つ)が与えられます。物理的な研究室は指導教員ごとに存在するわけではなく、修士課程全員がコースを跨いで3部屋に割り振られるため、専門の異なる人々との交流が可能です。博士課程の学生は別の部屋に個席を持っていますが、こちらとは本棚の数以外に大きな違いはないようです。
院生室は基本的には朝から夜まで使うことができます。概ね、建物の開館時間に応じて7:00 - 23:00の間出入りが可能です。火器系家電(ストーブなど)は防火対策上持ち込みが出来ません。
法学部図書館
法3号館には法学部図書館があり、研究に必要な書籍や雑誌を大量に保有しています5。
法学部図書館は厳しい貸し出しルールを有しています。法学政治学研究科所属の大学院生・研究者以外の蔵書へのアクセスは図書館の館内閲覧に限られているほか、書架への入室が禁止されています。研究科所属の大学院生と教員は自由に利用することができますが、法3号館の外への蔵書の持ち出しは禁止されています。
蔵書の貸し出し期間は3ヶ月となっています。ただし、他部局運営の図書館と違って延滞罰則が存在しないため、実質的には返本請求が行われるまで返却する必要はないようです。
院生間の関係
公式の組織として院生協議会というものが存在しており、この組織が研究室の個席の割り振りや部局からの連絡の窓口業務を担当しています。
院生間では非公式な互助関係も発展しています。読書会・勉強会などが定期的に企画されており、研究発表の練習を学年を超えて助けてもらうこともあります。博士課程に進学する学生が多いことも影響してか、学振などの申請書類に関わる検討会が開かれることもあります。修士論文の執筆に際しては、構想段階・執筆段階のそれぞれで検討会が行われるようです。
教員との関係
指導教官
指導教官は入学時に割り振られます。学生側から希望を出すわけではなく、研究科側から割り当てられる形になります。ガイダンス資料にも記載されていることですが、この割り当てには様々な事情6が関わっていると思われます。
指導教官は必ずしも法学政治学研究科の所属とは限らず、総合文化研究科や社会科学研究所など、学内他部局に所属する研究者が割り当てられることもあります。コミュニケーションの頻度・方法など、指導教官との関係は人それぞれです。同じ指導教員を持っていた学生の間で年次をまたいだ縦のつながりがある場合もあります。
その他
教員と知り合うきっかけは講義・ゼミが主になります。筆者の場合は、セミナー(例えば、社研のもの)に出席したり、大学院受験のタイミングでコンタクトを取ったりすることがきっかけになることもありました。オフィスアワーを設けている先生もいるので、そこで顔を覚えてもらうということもあるでしょう7し、そうでない先生であってもアポを取ってお話しに行くと歓迎してもらえます。
参考
記事の執筆にあたっては、総合法政専攻の院生の方々から様々なコメントをいただきました。
この記事は以下の公式ガイダンス資料を補う目的で書かれています。
記事を書こうと思ったきっかけの一つとして、学内他部局である経済学研究科に関する紹介記事を目にしたことがあります。この記事には大いにインスパイアされました。
東大の学部生の方で、来年度以降に大学院進学を考えている方がいれば、筆者の友人が書いた以下の記事を読むと良いかもしれません。この友人は法学部から総合法政に進学した厳密な意味での「内部組」ですが、法学部の中で政治学を体系的に勉強していくためにいろいろな試行錯誤を重ねていました。2022年に執筆された記事ということもあり、前提としていた制度がなくなっていたり、具体的な科目に関する情報が古くなったりしていますが、大枠として読む価値のあるものだと思います。
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留学を経て1年留年したため、学部の入学同期が先に大学院に進んだことや、大学院ゼミに出入りしたりしていたため、院生と知り合う機会があったことで、情報源が多かったです。 ↩
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例えば、東大の中であれば総合文化研究科(国際社会科学専攻)や、それ以外であれば、早稲田の政治学研究科など。 ↩
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もちろん、法学部図書館の仕組みと利用制度など、(一定程度の合理性のある)閉鎖性は存在します。 ↩
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究極的には、法学政治学研究科で開講されている授業をほとんど履修せず、代わりに自分の関心に沿った他部局開講の授業に出るといったことも可能です。例えば、筆者の友人には、自身の指導教官が担当する授業のみを法学政治学研究科で履修し、それ以外の授業は経済学部・総合文化研究科開講のもので埋めたという人がいます。 ↩
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公式見解では、法3号館全体が図書館として扱われているようです。 ↩
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学生の関心、教員側の受け入れ態勢、研究科内での分野バランスなど。学生側からシグナルを送れるとすれば、研究計画書と小論文を使って関心をアピールすることくらいでしょうか。 ↩
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とはいえ、コホートサイズが(政治学に限れば)非常に小さいということもあり、教員に対して「顔を売る」ことを特段意識することもないのかな、とは思います。 ↩